権利の窓
2007年09月21日 民法入門36 「時効の援用」
時効 総則 時効の援用 ―民法入門36―
「時効の援用」
1.はじめに
みなさんこんにちは。今回も引き続き時効制度に関するお話です。
前回まででみてきたとおり、時効制度には、一定の期間が経過する(これを「時効の完成」といいました)ことで、「それまで権利者でなかった者が他人の権利を得る」あるいは「一方当事者の権利が消滅することで、もう一方の当事者が義務から免れる」という、なんとも強い効力があります。法律上は、これら効力のうち、「新たに権利を得る」「義務を免れる」という側面を、特に「時効の利益」という言葉を用いて表します。時効制度によって、一方の当事者は何らかの利益を受けることになるのですから、そのままな表現ですね。
さて、時効の効力は一定期間が経過すると発生するわけですが、この効力の発生は、単に「一定期間の経過」という事実のみに委ねられているのでしょうか。すなわち、時効の利益を受ける者によって、既に完成した時効を敢えて「完成させない」ことや、時効完成で不利益を被る者によって、その完成時期を「遅らせる」ことは可能なのかが問題となります。
民法では、前者について「援用・放棄」、後者について「中断・停止」という規定を設け説明しています。今回はこのうち「援用・放棄」がテーマです。
2.時効の援用
時効の援用とは、時効の利益を受ける者による、「時効の利益を受けようとする旨」の意思表示をいいます。具体的には、「時効が完成したから借金は帳消しだ!」といった主張のことです。
民法145条では、時効の効力を発生させるためには当事者の援用が必要であると定められています。援用することではじめて、実際に時効の利益を得ることができるというわけですね。
このことを逆にとらえると、時効を自ら援用しない限り、時効の利益を得ることができないということになります。つまり、利益を得たくなければ援用しなければいいのです。時効の利益を受ける者のなかには、その利益を享受することを潔しとしない者もいるでしょう。そのような一種の道徳心を尊重するためにも、145条が設けられたといわれています。
時効の援用ができる時期は、当然ながら、時効が完成するための期間経過後ということになります。また、援用できる者(「援用権者」といいます)が二人以上いる場合、そのうちの一人が援用したとしても、残りの者の権利義務関係には全く影響しません。時効の利益を受けるか否かは、あくまでも各々の援用権者の意思に委ねられているのです。これを援用の相対効といいます。
次に、時効を「完成させない」ためのもう一つの手段である、時効利益の放棄についてみていきます。
3.時効の放棄
時効利益の放棄とは、時効の利益を受ける者による、「時効の利益を受けない旨」の意思表示をいいます。 具体的には「時効が完成しているけど、借金は必ず返します」といった主張や、時効が完成し借金が帳消しになっているにもかかわらず自ら進んで弁済するといった行為(「自認行為」といいます)のことです。放棄をすることで、その後の援用、すなわち時効利益の享受は一切できなくなります。
民法では「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない(146条)」との条文しかありませんので、これを反対解釈することで、「時効完成後であれば時効利益の放棄が可能であると」の論理を導きます。このように解釈するほうが、145条の趣旨にも合致しますね。
では146条が時効完成前の放棄をわざわざ禁止しているのはなぜなのでしょうか。その趣旨として、次の二点が挙げられます。つまり、①時効利益をあらかじめ放棄することは、時効制度がそもそも目的とする「永続した事実状態の尊重」という概念と反する、②債権者(例:お金を貸す人)による「弁済した証拠がない限り永久に借金を取り立てることができる」といった制度の濫用につながりかねないという点が重視されているのです。
時効利益の放棄とは「利益を受けない旨」の意思表示なわけですから、前提として時効が完成していることを知っている必要があります。また、援用と同じく、放棄の効果は相対的であり、あくまでも放棄をした者のみ以降の援用ができなくなります。
(作成者 小南 幸右)